さしあたってどうでもいい話なのかもしれないが、日向の恋人はもてる。それはそれはもう、源氏の君並みにもてる。
道を行けば老若問わず、女性たちの目を引くし、時には「かっこいいよねー、あのひと」と聞こえよがしにささやかれたりする。
なにより問題なのが、本人にその自覚がある、ということなのだ。
お天道様が高い位置にある冬空の下、なんとなくストロベリーアイスが食べたくなったので、ふたりしてコンビニに行き、当該商品を購入した。その際も、若い女性店員が、うっとりとした面持ちで及川の顔を見上げた。
「及川さんは、おれのなのに……」
店を出て、近所の公園でアイスにかぶりつく。
ちなみに及川はというと、なにも買わなかった。ただ嬉しそうな顔をして、
「チビちゃんになら、これぐらいおごってあげる」
と言い、代金を出してくれた。
日向の恋人は、言うなれば、年下を甘やかすことに長けているのである。本人は力いっぱい、否定するかもしれないが。
甘やかされている、という自信はある。
互いに愛し合っている、という確信もある。
けれどときどき、「おれ、このひとの傍にいていいのかな」と激しく気後れしてしまうのだ。
女性の視線が及川に向かうたびに誇らしさも感じるけれど、それ以上に気疲れを感じる。
傍らに立つ日向のことなど、彼女らはきっと、「弟か、学校の後輩」だと認識しているのだろうし……。
「チビちゃん、」
唐突に名を呼ばれ、日向はうっかりアイスを落としそうになった。かろうじてそれは免れたけれど、しかし、突然、名を呼ばれるのは心臓に悪い。「ストロベリーアイスもかくや」といった甘い声でささやかれれば、なおさらのことだ。
公園の遊具で遊ぶ児童はほとんどいない。
唯一、塗装の剥げた滑り台の上で、ちいさな男の子が携帯ゲーム機で遊んでいるのが見受けられる程度だ。
犬を散歩する飼い主すらいない。砂場を荒らす野良猫もいない。
冷えた左頬を、及川の指が撫でる。
瞬間、どきん、と胸が強く鳴った。ただ触れられただけなのに、どうして心臓がうるさく跳ねてしまうのか……。
答えならひとつしかない。「恋しているから」──正答ならばそれしかない。
「チビちゃん、さっきから浮かない顔してるね。……俺とのデート、嫌だった?」
そんなことはない。
日向は勢いよく、首を横に振る。
けれど、真実を告白するだけの勇気はなかった。
男である及川が異性たる女性にもてるのは、しごく当然のことだ。本来ならば、見目良い女性と付き合うのが自然なのだ。
──なのに、彼は、同性たる日向と交際してくれている。それも、みずからの意志で告白なんかしてきたりして……。
「まあ、だいたい、君の考えていることなんてわかるけどね」
びくり、と日向は肩を震わせた。
アイスを完食していてよかった。もし、まだ残していたら、地面に落としていただろうから。
「だってチビちゃんったら、女の子が俺の顔を見るたびに、すさまじい形相をするんだもん。どう考えても嫉妬しているとしか思えないよ」
あっけらかんと、及川が言い放つ。
思いっきり図星を突かれ、日向は重く沈黙した。
「大丈夫だって」
及川が笑顔で言った。
「俺が好きなのはチビちゃんだけなんだから。……俺がいま、夢中になっているのは、バレーとチビちゃん以外にないんだから」
「その言葉、信じていいんですね?」
「当然」
おもむろに抱き寄せられ、唇に、キス──された。
往来でのくちづけに、日向は顔を熱くする。
「こ、ここ、……外……!」
「別にいいじゃない。不安がるチビちゃんを慰める方法といえば、これしかないでしょ」
対する及川は、とてつもなく幸せそうだ。「あはは」と声に出して笑っては、本当に楽しそうに打ち笑うのである。
日向は胸を撫で下ろした。
滑り台の上にいる子どもがゲームに夢中になってるようで、本当によかった。
もしも男同士でキスしているところなんて見られたら、恥ずかしくて、今後表を歩けない。
しかし、日向の恋人はこれだけでは満足しないらしく、上半身をやんわりと押さえ込んでは、キスの雨を頬に降らすのだ。
「チビちゃんが、俺のことを信じてくれるまでやめないからね」なんて宣言しては、さかんにくちづけを与えてくるのである。
熱烈なキスをそこかしこに浴びながら、日向は、はあ、とため息をついた。
参った。
これでは、妬み心なんて消えるに決まっているじゃないか。
【了】