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しまい湯から上がって、脱衣所で鏡を見る。水蒸気の付着した鏡面のなかに映る自分の姿は、どこか哀れだと帝人は思った。これから生まれてはじめて抱かれる。それも、女ではなく男に。上京してから一年と数カ月、まさかこんな目に遭うとは考えてもいなかった。
苦々しく顔を歪めてから、また戻す。こんな顔、いまの僕には似合わない。不倶戴天の敵に抱かれるのならいざ知らず、相手は日頃から憧れてきた男性だ。たった数度、鍋をつつきあって、たった数度、街で会話しただけの男だが、自分はあきらかに、その男の背中を追いかけつづけてきた。
憧れでなく、恋だった。愛ほど複雑な観念ではなく、ただ、一途な恋だった。
帝人の愛を一身に浴びるその男の名は、平和島静雄という。百八十を超す長身の男だが、細身ゆえにどこか優男めいている。サングラスからのぞく瞳は、平常時は甘い光を宿している。細い鼻梁と心持ち鋭角なあごが、温厚な印象を与えるのに役立っている。だが、たびたび諍いを起こしているからか、手には痣や傷が見受けられた。それが、静雄という人物像を端的に表しているのではないか、と帝人は結論する。
平和島静雄は、暴力を嫌悪しているらしい。いったん怒気を募らせたが最後、発散し尽くすまで蹴り、殴り、歯向かう相手も逃げ出す相手もまとめて始末する。そういうおのれの性質が静雄自身を苛立たせ、また、暴力へと歩ませていく。立ち切れぬ暴力という名の循環が、静雄を追い詰め、苦しめ、悩ませる。
これらはすべて、正臣や臨也から伝えられた情報だった。
(関係ない)
水滴を指腹で拭って、鏡の先の自分へ微笑みかける。ぎこちない笑みを浮かべる自分に手を伸ばすが、熱を持った鏡面に触れるだけで、人肌の感触は得られない。
(僕は、これから抱かれる)
静雄さんの家で、抱かれる。会話もろくにしたことないのに、僕の秘密を探る──ただそれだけのために静雄さんに抱かれる。
鏡のなかの自分が、涙をこぼしたような、曖昧な表情で笑う。力という力を内側に押し込めた笑顔は、言うに言えない秘密をかかえた我が身にふさわしい。けれど、果てしなく自虐的で、見るに忍びない。
逃げるように鏡から視線をはずし、ドアを開ける。
「外見からは想像もできない」と言ったら失礼になるだろうが、目にした部屋は清潔だった。ゴミのひとつでも落ちていたら片付けてやろうかと思っていたが、そんなものはかけらほども見つけられなかった。
暴力を体現する男とは縁遠い、きわめてふつうのワンルームだった。丸テーブルがあって、テレビがあって、座布団がある。適度に干しているからか、座布団からかびの臭いはしない。そういえば、風呂もさして汚れていなかった。フローリングの床に傷が二、三散見されるが、大家から文句を言われそうなほどではない。だが、帝人の部屋とは大きく異なる点がある。ここには、本と呼べるものが最小限しかないのだ。
聞けば、本を読むと破りたくなるから、だそうだ。難解な単語が出てくると、「破って寝る」とも言っていた。
臨也だったらネットであれこれ調べるだろう。なにせ、彼は情報屋なのだから。
……いや、ここで静雄の宿敵を例示することが間違いか。
ともかく、帝人は奥まった場所にあるベッドに歩み寄った。
「よお。しっかり温まったか」
半裸の静雄がそこにいた。体を重ねる直前だというのに、緊張すらしていないようすだ。ベッドのうえに寝転んで、そのまま寝返りを打って、それから見上げてくる。親しい仲でもない自分でも、上機嫌だと判断しえた。
「髪濡れてるな」
手を伸ばす静雄に、帝人は黙って応じた。ベッドの端に腰かけて、頭を触らせる。滑るように、撫でるように触れてくる静雄の手は、温水の温度よりも温かく思えた。直接的な愛撫を授けられたように、体が微熱にさらされる。肉体のいちばん奥深くを貫かれた瞬間にも似た快感が、波打って、自分を戸惑わせる。しかし、それが心地よい。
これから多大なる快楽と苦痛を叩き込まれるのだろうが、それを静雄から教えられるのならいいかと思った。
憧れた相手に抱かれるのなら、本望だ。
病んだように恋して、追いかけて、話しかけて、背中を追って、少しだけ駆け引きをして、このような展開に持ち込んだ。まさか静雄に男を抱く趣味があるとは信じられなかったが、この際、彼の性癖はどうでもいい。乱暴に扱われてもいいから、彼に愛されたかった。
そして、自分も彼を愛したい。めいめいが差し出す愛とやらが、別々の形状を有しているのだとしても。ちょっとぐらい、愛のかたちが噛み合わなかったとしても。望んだ愛情の切れ端ぐらいなら、おそらく得られるだろうから。
「そういえば、お前にはじめて触ったな」
「そうですね」
「手触りいいな」
そしてまた、頭を撫でてくる。「甘やかされている」と感じた。秘密を隠している人間に対する態度ではない。てっきり、手ひどく尋問されるかと思いきや、予想を見事に裏切られて、帝人はひそかに困惑する。
「意外ですね」
静雄が目顔で問いかけてくる。
「もっと、ひどく扱われるかと思ってました。だって、僕には秘密があるんですから。知りたいでしょう? なぜ、僕とブルースクウェアのメンバーが一緒にいたかってこと」

ここ数日間、ダラーズの掲示板を賑わせた情報がある。
「ブルースクウェアのメンバーと竜ヶ峰帝人が、廃工場にいたらしい」
「竜ヶ峰帝人は、ブルースクウェア側から壮絶なリンチを受けるでもなく、無事に生還したらしい」
噂は電脳の海を飛び出して、現実を侵食し、帝人の知る他人の耳にも入るようになった。
今日の夕方、池袋の街をひとりで歩いていたら、突然、路地裏に引きずり込まれた。悲鳴を出そうとしてもがいていたら、その手の主がよく知る人物──静雄のものだったので、抵抗をやめた。暴力の気配はなかった。もっとも、静雄は親しい人間の大半には力を振るわないのだが。
「……ブルーなんたらとお前の関係って、なんなんだ?」
氷のように張り詰めた声だった。
帝人は問いを発した知人の顔を見つめ、それから、小さな声で答えた。
「あなたには関係のないことです……って言ったら、怒りますよね」
いつかは皆にばれてしまうと怯えていた。暗い闇の底で、楽しく内輪だけの嘘を振りまいていたら、いつしか嘘が本物になって、現実に影響を与えはじめた。離れていく仲間を止められず、ひとりぼっちで管理人を続け、そしていつしか「創始者」と崇められるようになった。
望みもしない権力。でも、それはネットの世界だけに通用する偽りの権力だ。
表向き、ふつうの高校生として過ごす自分に、静雄のような「本物」の力はない。腕に覚えのある者に殴られたら、たちまち倒れるに決まってる。
自分は「ダラーズ」という楽園を統治する王様だ。けれど、偽物の権力を振りかざす、虚像の国の王様でしかない。
世間から奇異の目で見られているとしても、現実の世界に影響を及ぼすことのできる、いわば、実像の国の王様である静雄に叶うはずがない。
虚と実。裏と表。……虚像の国の王様と、実像の国の王様。二人はまさしく、対照的な関係にあるのだった。
自分には静雄のような圧倒的な力がない。腕力もなければ、知力もない。せいぜい、小賢しい知恵を働かせるので精一杯だ。矮小な自分には、静雄の姿がとてもまぶしい。静雄の歩く周囲は、光で象られているようだと思う。直視するのが辛い。静雄のいる場所は、栄光に満ちあふれた場所だ。弱いうえに愚かな自分には、手に入れられるはずがない。
それでも、自分は静雄の隣に立ちたいと望んでしまったのだけれど。
「ブルースクウェアと僕の関係について教えたいけれど、ひとつ条件があります」
僕を──抱いてください。
やがて、陽が傾き出した。

体を洗って、埃を落として、好きな相手に抱かれるのは気分がいいものだ。
生殖に基づいてなくとも、体は快楽に惹かれるし、好きな男に導かれるのならなおさら、幸福を感じ取る。抱かれた肢体はベッドのうえで汗ばみ、欲を覚え、未知の感覚に目覚めて、男を求める。
そう、これは未知の感覚だった。抱いたことも抱かれたためしもない自分にとって、この艶やかな行為は「非日常」そのものだった。
女を抱くのなら、それは正規の愛情と呼べるものだ。「多くの男は女を求めるものだ」と、本能が定めている。では、眩むようなこの感覚はなんなのだろうか。本能ではない部分が、静雄を求めているのなら、それは果たして理性なのか。
「違う」と帝人はベッドに身を横たえながら、裸身をさらしながら、思う。
理性の対はたぶん、本能ではない。本能の対は理性ではない。理性と本能が激しくせめぎあう一点、欲望が突き抜ける尖った一点に、言葉では表現できない真の歓喜がある。
静雄に抱かれる喜び。言語表現を越えた極みにある心。
でも、言葉が欲しい。押し寄せる感情の渦を正確に定義づける言葉が欲しい。あらゆる感情を、明確に言葉に置換したい。
湧き上がる願望の頂きには、「他人と繋がりたい」という精神的な飢えがある。
言葉は、他人とつながるための道具だ。ひとりごとという例外的な用い方もあるが、だいたいは言葉は他人と結び付くための動機として用いられる。
すぐ傍にいるひとの感情がわからない。
自分の持つ感情ですら、定義できない。
言葉によって表現しないと、自分を見つけることも他人を見分けることもできない。
それを恐れているから、ひとは言葉に寄りかかる。
分かち合いたいから、言葉を探すのだ。分かち合いたいから、声を出すのだ。
言葉が意味をなすから、言葉を声に乗せる。でも、言葉が意味をなさない場面もある。そのひとつが性交だ。
夜。防音の行き届いた部屋に、息が響く。そっと、耳をそばだてないと聞こえない、かすかな息。それがふたつ、輪唱のように響いている。よく管理された音楽のように、ふたつの吐息は絡まり合う。誰もおらぬ、静かな夜の底の底にて。
帝人はキスをする。はじめは緩く。それから舌を出して、唾音を立て、一気に貪る。一方的に食べるように、キスをし、それから唇と唇をもぎ離す。そして静雄から、ついばむような優しいキスをこめかみに受ける。
「……悪ぃな。俺、キスすんのはじめてなんだよ」
静雄の声が照れたように歪んで聞こえた。
「キスがはじめて、ということは、セックスもですか?」
流れた沈黙は、肯定の証だ。
空調が冷気を絶えず吐き出すなか、帝人は口を開く。相手の興奮を誘い出すように、わざと媚びた声音を作って、言う。
「はじめてが僕なんかでごめんなさい」
すると、素早い動作で抱きしめられた。
「そういう意味で言ったんじゃねえ。お前がはじめてでよかったと思ってる」
「嘘でも嬉しいです」
「嘘なんかじゃねえ」
息が耳にかかる。その温度と、抱きしめてくる腕の温度の差異が、自分をひどく魅了する。
「……好きだったんだ、お前が。ずっと、前から」
夢見心地で聞きながら、帝人はその先を待つ。
「どこが好きか、なんてのはよくわからねえ。男を好きになるなんておかしいと、自分でも思ってる。でも、好きなんだ。お前の隣にダチがいるのですら、歯がゆくてたまらねえ。……情けねえけど、臨也から情報買ったりして、お前のことを調べたしな」
「僕のことを、ある程度は調べているということですね」
確認のために尋ねてみた。
裸の胸と胸が、密に接触する。
「悪い。でも……好きなんだ」
「怒ってませんよ」
「悪い……」
静雄の背に、てのひらを置いてなだめる。広い背中を一往復、二往復させる。帝人は静雄の背を撫でる。「大丈夫ですから」という一言を確かに伝えるために。
こういうときに言葉が欲しい。
相手を勇気づけるための言葉を。
「でも、あなたは知らないんですよね。僕と、ブルースクウェアの関係」
「ああ」
「だったら、」
そこで、帝人は静雄の腕から逃れ、身を横たえる。
「確かめてみてください。僕の体を使って」
男がのしかかってくる。性急でなく、緩慢に。そして再び、唇を重ねる。強引ではなく、優しく。
暴力的とひとから見なされやすい彼からは想像もつかないしぐさだった。てっきり、飢えたけだもののように体を開かれるかと想像していたが、彼は帝人の顔色をうかがうようにして、愛撫を施す。お前を傷つけたくない。てのひらから、与えられるキスから、言葉が明確に伝わってくる。
両股のあいだで充血したものが擦れ合って、帝人は体をこわばらせた。「嫌か」と耳元で囁かれ、慌てて、「いいえ」と答える。早くも濁液を滴らせ、脈打つ塊を静雄の腹になすりつけた。
我ながら扇情的な要求だと思う。恥知らずだとも思う。
けれど、……本当に、心の底から触れてほしかった。弄ばれてもいいから、静雄が欲しかった。愛情のかたちが一致しなくてもいい、好きだと感じる、それだけでいい。愛されるかどうか、結果を待つよりも、自分から愛情を示すほうが好ましいから。
静雄さんは、僕の「非日常」だから。
脳裏に浮かんだ解答を、頭を振って打ち消した。
非日常をもたらしてくれる存在なら、ほかにいくらでもいる。気付けば、自分の周囲は「非日常」であふれかえっている。臨也しかり、セルティしかり、狩沢しかり、遊馬埼しかり。そして、ダラーズ。ブルースクウェア。黒沼青葉と、彼の率いる一味……無力な自分を、暗黒へと叩き落とす者たち。
静雄に救われたいのか、それとも逆に、最下層へと突き落とされたいのか。そのどちらかを選んでいるようでいて、実はそのどちらも欲している。
静雄に救われたい。
でも、彼に突き落とされたい。もう這い上がれないほど、強く、叩きのめされてしまいたい。
彼は、実像の国の王だから。
──だから自分など、彼の意のままに扱われてしかるべきだ。偽物はどこまでも偽物でしかない。本物と偽物を区分するボーダーラインは、見えない部分に引かれている。視認することのできない、けれど、確実に横たわっている残酷な境界線。
抱かれても、ふたつの魂が交わることはない。ゆえに、帝人は静雄を求める。
さらに体液を滲ませた突起を揉み立て、静雄が「すげえな」と笑う。
「ちょっと触っただけなのにな」
そして、帝人も薄笑う。愛情を体で証明できている。自分の貧相な体でも、静雄さんを愉しませることができる。言葉に頼らずとも愛情を表現できているし、たぶん、伝わっている。
よがり声を上げ、帝人は「もっと」と暗にねだった。否、ねだりを入れるまでもなかった。昂ぶった性器は、恥じらうおのれを裏切って、焦れている。射精のときを待ちわびている。
口に、含まれる予感がした。そして予感が的中した。
「あ………ッ、」
激しく吸い立てられ、帝人は乱れた。涙滴が眼球をしごく。まばたきを連続させるたびに、涙が目尻を潤す。熱くうねる口内は、あどけなさの残る肉体を容易に翻弄した。静雄の許可を得るまえに、達する。
白濁の流れが、静雄の喉許を濡らした。鎖骨にまで垂れ落ちるそれを指ですくわれる。指股に絡みつく体液が、帝人の体を火照らせた。羞恥と興奮が体内を駆け巡る。
触られて、口でされて、達した。たった数分の行為で、すっかり息が上がってしまった。弾性に富んだ肌は、早くも汗にまみれている。
「ごめんなさい、僕……」
「言うな」
静雄の息も上がっている。
「お前が出したものだと思うと、なんか感動する」
ぬちゃり、と卑猥な水音を立て、静雄が体液を弄ぶ。
俺に触られて、我慢できなくて、イったんだよな。あらためて確認されると、いたたまれなくなって、帝人は視線を逸らした。デジタル時計は、ちょうど九時を示しているところだった。
九時。いつもだったら、なにをしているだろうか。ネットだろうか。メールだろうか。バイトだろうか。退屈な日常を満喫しては、明日の学校での話題に備えて、テレビでも観ているところだろうか。
「よそ見してるんじゃねえよ」
頬を舐め上げられる。あまりにも、原始的かつ動物的な戯れだった。
「お前は、俺だけを見てればいいんだ」
直截的な愛の告白に、帝人は「はい」と素直に返していた。周りを飛び交う無数の情報を見ず、静雄だけを見つめる。その状態はとても甘美だ。
愛情は、凝視することではじめて成立するのだろうと帝人は思う。事物の一点だけを見据え、なぜ惹かれるのか、なぜ自分はそれを愛してやまないのか、必死に考える。解けない問題に没頭することがすでに快感なのであって、答えを獲得すること、それ自体はさほど気持ちよくはない。
わからないのなら、わからないままでもいい。静雄のことを考えることに意義があるのだ。
よく手入れされた金の頭髪、広い肩幅、適度に厚みのある胸板、ほどよくくびれのある腰に、ほどよく長い両足。威風堂々と名付けられるにふさわしい容貌の静雄を見ていて、単純に憧れた。王は生まれながらに王たる運命を天より付与されているのだろう。
艶冶な笑みを浮かべ、静雄が「少し、我慢しろよ」と囁いた。なにをされるか、帝人はすべて知っていた。男同士がどこで結びつくか。あらかじめ、ネットで調べていた。静雄を求めてしばらくしてから、思いつくかぎりの情報を調べ上げた。そして、決意した。異物を挿入されるのは怖い、でも静雄のためなら我慢しようと思った。
遠慮がちに、指が入ってきた。犯すためでなく、慣らすために入れられた指だった。体液を塗り込められる感覚に、身をよじる。する中が擦れて、余計に感じた。爪先が伸びて、敷布を蹴る。
「駄目……、気持ちいいから、駄目……」
「我慢しろ」
そして、二本目が入ってくる。静雄を受け入れるために、慣らされる。体内でうごめく指に、敏感な箇所を擦り上げられるたびに、帝人は焦れて、泣いた。駄目、と、気持ちいい、と息の混じった声で訴える。頬を滑り落ちる涙を、静雄の舌が受けとめる。ささやかな感触にさえ悶えて、火照りが増幅する。
ぬくもった体を寄せ合い、二人はキスをする。愛情を確かめるために、帝人はキスをする。
静雄はどうだろうか、それはわからない。
けれど、遊びで男とキスするほど、彼は軟派な男ではないと思う。
自分だってそうだ。出会った男すべてに愛を見出したわけではない。静雄にしか感じないし、静雄にしか興味ない。病んだように恋する自分には、静雄しか見えない。
病的なまでに、一途なのだった。
さんざん敏感な場所を突いていた指が、外に出る。急激な喪失感に見舞われたからか、襞が一瞬、収縮した。体が、本格的に静雄を欲しがっている。水を求める魚のように、空を求める鳥のように、大地を歩くヒトのように自然な調子で、自分は静雄を欲しがっている。
見つめ合って、また、キスをする。それは黙契のうちに封じ込められたくちづけだ。
いりぐちに先端が触れ、帝人は唾を飲み込む。天井が遠い。そう感じた瞬間、熟れ肉を貫かれた。
「あ…………、」
悲鳴すら上げることが許されない。圧倒的な量感を誇る性器を、まざまざと感じ取る。なかば強制的にくわえ込まされたそれに突き上げられて、帝人はすすり泣いた。犯されていることが、嬉しかった。ひとりでないことがとても幸せだった。胸の突起を優しくつねられると、もうたまらなくなって、みずから胸を差し出した。
劣情に染まりきったいまの自分に、苦痛などない。あるのは、絶大にして広大無辺な快楽だった。
内部をくまなく満たされるたびに、体が、精神が、深く感応した。反り返った男根にまた、敏感な部分を擦られると、前が濡れた。内腿にまで伝わる液体は、おびただしい汗を含んでいる。
火で炙られたように、体が熱を帯びる。傷を持った手に抱きしめられていると、目まいがした。女性的な曲線美に恵まれているわけでない自分の体でも、静雄を昂ぶらせることができる。静雄を愉しませることができる。静雄の興奮に奉仕できているという喜びがただ、在った。
下腹部を源とした耐えがたい疼きが、全身に行き渡る。呼吸するのが苦しい。息に喘ぎがこもっている。それでも、帝人は静雄を探した。忘我の境をさまよっていても、静雄を求めた。
性に熟練しているわけでもないのに、体が勝手に反応する。先走りの雫はあとからあとからこぼれてくるし、声なんてもう、めちゃくちゃだ。本能と理性の分け目にある一点におびき寄せられたら、あとは降伏するしかない。
触れ合う素肌にすら感じて、帝人は涙する。酸素を求めるように、静雄の名を繰り返す。静雄の名を呼ぶこと。それは、今後生きていくに際しての、愛の誓いそのものだった。
静雄が自分に飽きて、離れていくのならそれでもいい。すがるような、女々しい真似は一切しない。
でもいつか、過ぎ去る現実は帝人を根底から支えてくれるはずだ。人の上に立つのでなく、人の隣に寄り添うことを目的としたとき、僕の旅は終わるのだろう。
無遠慮に揺さぶられ、感覚が逼迫する。妖しい陶酔感に襲われる。静雄をくわえた肉が喜んで、さらに収縮する。
「あ………、ああ……っ、」
断続的に噴き上げてくる精液の感触に、ひたすら酔った。そこに他者の介在する余地はなかった。言葉が介入してくる余地もなかった。理性と本能がちょうど隣に接するその境で、帝人は達した。輝き散る性感が、指先までもを支配する。
このあと、ブルースクウェアとの関係を告白したら、静雄は愛想を尽かして離れていくのだろうか。それとも、引き離すべく、奔走してくれるのだろうか。どちらでもよかった。愛される喜びより、愛する喜びのほうがずっと深いはずなのだから。

帝人は、いま一度、恋しい人の名前を呼んだ。
それは自分を束縛する、この世でたったひとつの呪文の名前でもあった。

【了】